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不適合者のジャンクヤード

腑に落ちるか落ちないか、読む人次第。拾い物があればご自由に。

興奮させると何が起きる?

生きること 思ったこと

答え:冷静な判断が出来なくなる。

 

ダン・アリエリーだったかな? 本の一冊にこんなことが書いてあった。

 

こんな経験をしてみたい?という性体験の例を1:してみたい 2:してみたくないでアンケートを取る。

普通の時なら「ないな」と答えるちょっとアブノーマル~突き抜けたアブノーマルな性行為があるとしよう。

 

「ポルノをみながら興奮した状態で」、同じ人にアンケートに答えてもらうとあら不思議。

 

忌避ではなく、試してみたいかも、と答えるようになるのだそうだ。

 

そういう意味では、株式市場も抑鬱~興奮を行ったり来たりしているように思える。

お金が増えて仕方がない、という状態は「アソコを触られているのと等しい」興奮状態にあるのかもしれませんなあ。

 

 

さて、人を興奮させるのに思いつく手段。もっとあるかもだが。。。

1. 赤が望ましい。血の連想か?

2.きわどい衣装を着た異性(特に男性に効果有)

3.フラッシュの点滅など、激しい明暗差

4.カフェイン、タバコ、アルコールの過剰摂取

5.儲かるかもしれない、という期待感

 

クラブとかダンス系は2,3の組み合わせ。飲み屋さんは3,4あたり。

1~5を全て網羅しているパ〇〇コ業界と、カジノ業界はさすがだと感じ入る。

人の心理のことを、本当知り尽くしていると感動すら覚えます。

(本当は悲惨だった)アナ雪の話

考えたこと 日々

地上波初放送、とかでアナと雪の女王が話題になってます。

 

でも、原点となった話を知っているだろうか。

 

ペストが大流行していたヨーロッパ、1600年代の話だ。

隙を見て下々との触れ合いを楽しんでいた第二王女がペストに感染してしまう。

城に帰った妹は、姉と接触した後にペストで亡くなってしまう。

悲しみに暮れる王家だったが、次に発覚したのは姉の第一王女の変容だった。

 

実は第一王女は無症候性キャリア になっていたのだった。

王女に会った者の多くが、次々ペストを発症する。

死の王女、と名づけられた彼女は僻地の城に隔離されてしまうのだった。

 

身の回りの世話は、何も知らない雇われの農民によって行われ、発症すればまた代わりのものを雇う。

ヨーロッパ全体でペストが下火になった後も、この地方ではペストが流行り続ける。

一向に止まない疫病に民は「冬の時代」が来たと言う。

 

会えばペストに罹ってしまう王女の存在は、王家によってひた隠しにされていた。

が、ある時病気のルートが明らかになってしまう。

それを知った隣国の王子は「王女といえど、民に犠牲を強いるとはいかがなものか」と根源の処分を提案するが、娘可愛さに目が曇ってしまった王によって却下される。

 

しばらく後生産力の下がっていたこの国は、先の王子がいた国によって併合されてしまうのだが、その際にある城が炎上したという事実は、歴史書に一行示されるのみだった。

 

この話を知ったディズニーが、あまりのやるせなさに改編したのが「アナと雪の女王」である。

 

 

 

 

というのは全くの嘘。

 

完全私の創作です。

主人公目線で語れば、正義はどの立場にもあるんじゃないかと思う次第。

「夢」と「妄想」の見極め方

生きること 思ったこと

可能性は低いけれど、叶うかもしれないのが夢だとする。

一方で、実現はしないただの願望を「妄想」と呼ぶ。

 

妄想をつぶやきながら、夢ぐらいもってもいいじゃないかと思っているなら、それは夢と妄想の区別がついていない。

 

例えば「あー、どこかのお姉ちゃんと3000円くらいでいいことできないかなあ」

「国から一万円くらい毎日支給されねえかなあ」

 

区別をするには主客を入れ替えてみればよい。

 

「絶対にお相手したくない異性とイイことして、3000円を置いてかれる」

「国に毎日1万円を上納する」

 

入れ替えてみて、ぶるっと怖気が走る世界なら、それは妄想だ。

お、イイね、と思える世界なら、可能性がある夢なんじゃないかと思う。

 

募金が流行らない理由

考えたこと 新規ビジネスアイディア

空港に行くと、その国を離れる人用に募金箱が置いてあることが多い。

お札は両替ができるが、使えきれない小銭は持っていても邪魔なので募金箱に放り込むんじゃないかという期待があるのだろう。

 

一方、同じ層を狙って、飲食店。変わったところではカプセルトイなどを置いて小銭の回収を目指すライバルも多い。

募金が不人気なのは、箱が置いてあるだけだからだ。

いいことをした、という満足度よりも即物的な飲み食い、何が出るのだろうという射幸心のほうが価値が大きい。

 

そこで例によって新規アイディアだ。

小銭を入れると、入れた金額分に応じて「目の前で薬がカプセルに詰められ、切り離されて箱にしまわれる」様を見せる。

 

この薬は〇〇のために使われます、と動画と音楽を流す。

もちろん、茶番だ。

だが、目に見える満足と動機付けは必要ではないだろうか。

 

100年前からある、お金の見えるただの箱。

そろそろ改善の余地があると思われる。

バグをとる

日々

株式の価値算定とか、変動とか見るのにエクセルを多用しているんだがこれが便利。

ちょっとした関数とか、思い付きとかで変数組んだりとかが簡単で、重用してる。

 

でもね、思い付きで組むと酷いことになる。

これあったら便利だよなって数字が、循環しだす。

あっちの数字はこっちでとって、こっちはこっちに絡んでとスパゲッティ状態。

一か所でエラー吐き出すと、原因究明にとにかく時間をとられる。

簡単な個人の設定ですらこうなのに、マイクロソフトとかもうえらいことなってるんやろなあ。

憤るだけでは変わらない

バカへの怒り 騙されたらアカン 支配側の論理

なんというか、ネットで炎上ってもののパターン見てるとだいたい決まってる。

 

正しいモノの見方があり。

守っていない悪者がおり。

こんなことが許されるのだろうか、と石を投げる。

 

だますのが悪い。

知らない事につけ込むのは悪い。

 

昔子どもだった頃は私も正義漢ぶっていた時代がある。

でも、最近はそうではない。

 

だまされるのが悪い。

弱いもの。知らないものはカモだ。

 

ボードゲームをやったら、人間性は見えてくる。

オールドファッションのモノポリーでいい。

 

リスクを絶対嫌って、一人閉じこもるやつ。

さいころの出目が悪かったら、不機嫌になってプレイを投げ出すやつ。

ルールを勘違いして、急に切れるやつ。

そんな奴らがいる。

 

ゲームであることをわかっていない。

負けることを嫌い、自分が一番でなきゃ許せず感情的になる。

早い話が子供だということだ。

 

ボードゲームであるならば、ルールを読み込めばいい。

回数をこなして、有利な戦略を練ってみればよい。

失敗しても、命は取られない。ただちょっと悔しいだけだ。

ゲームであるならば、どこかに有利なルールがある。穴がある。

それをなぜ探さないのか。

 

答えは、馬鹿だから。面倒だから。

 

ホテルのマスに止まれば、大金を払うのがゲームのルール。

こんなルール、クソやんけ!と叫んでも、ゲームをしているのだから仕方がない。

 

現実もまた、そんなクソゲーの一つだ。

金持ちに有利。権力者に有利。イケメン・美人に有利。政治家に有利。

わかりきったことだ。ルールは権力者、富める者が決めているのだから。

 

憤って政治家の道に進んでもいい。

ただし、自分が有力者になったときに「その有利さ」に目が眩むことなく、貧者の見方でいられるのだろうか。

もっとまじめに働けよ、クソ政治家がと当の貧者に煽られ続けて。

 

そんなんズルい。そう思うのならルールを把握しろ。穴を探せ。

ただ感情的に叫んでも、世の中は決して変わらないのだから。

 

叫べば、訴えれば変わると思ってるのだったら、それは変わったように。そう見えるようにトリックでだまされているだけだと疑うべきだ。

憤りは、ただのガス抜きだ。叫べばすっきりすると、力あるものは知っている。

 

夢見がちっていうけどさ

バカについて 生きること 思ったこと

がちっていうことは、そうじゃない時もあるってことだ。

 

例えば、今までろくに運動をしたことがない高校生が「プロ野球選手になれる」って、どう考えても無理な望みを思うのも、夢見がちと言っていいのだろうか。

 

言葉の順を入れ替えて

 

ガチ夢見

 

とするほうがしっくりくる気がする。

 

 

責任ある仕事とは

支配側の論理 思ったこと

薬剤師って大変だよね、という掲示板のやり取りを見ていて思ったこと。

 

薬袋詰めにするだけで600万は高い、という部外者の意見があり

薬の疑義にブラックな勤務と1000万でも安いという内部者の意見も。

 

私が思うに〇〇責任者、とか国が国家試験で出してる資格なんてのは基本

裏ビデオ屋の店長と同じ。

 

なんかあってガサ入れ入ったら、「あ、後はよろしく、責任とってね」

とそこで終わらせるリスクマネージメント。

そのために高給出てるんだと思うんですが、どうですかね。

 

凡百のブログより一人の先生の偉大を噛みしめろ

日々 考えたこと 株投資

アメリカ株が高いと思い続けて数か月。ここのところ企業分析と経済分析の切り口を探しているのだが、これがなかなか進まない。

私自身も凡百の一人にすぎないので当然だが、その理由は「明確なイメージ」を持った人がそういないことが原因だ。

経済で例えば「マネタリーベース」というと、検索で引っかかるのはどこぞを孫引きしたような劣化コピペしか出てこない。モルガンであろうが、東京三菱であろうが東大であろうが同じ。

ほとんどがてめえで考えたことのない、わかったふりだけが上手なコピペ学者か提灯もちの御用営業者、そしてアフィで食ってるチンケな小金持ちしかいないわけだ。

 

私は自分がたいして頭が良くないのをわかっているから、できるだけシンプルな理屈を考えつかないと理解が進まない。

なので、もっともらしい学説を読むと、本当にこいつら説明下手なと思ってしまう。

ちなみに、マネタリーベースとマネーストックについては、どこかのブログで書いていた「パチンコ店の所有するパチンコ玉と、台で回っているパチンコ玉の違い」というのが的確で分かりやすかった。

 

というわけで、最近読み始めたのがアダム・スミス国富論

初出が1776年で240年経過しているにもかかわらず、どれだけ刺激的な読み物か。

1ページ読んでは現代との比較、妄想が飛び交い知識が連結しイメージが湧き出してくるわけで、なかなか読み進められない。

 

その道は私が240年前に通った道だ。

 

これをリアルでやられると、偉大な先生のいうことはとりあえず読むべきだなと思う。

アダム・スミスwikiとインターネット、パソコンを渡したらどこまで進めたんだろうね。

 

次はマルサス人口論かな。

咄嗟の切り返し

日々 騙されたらアカン

固定電話を無くしたいと思いながら、はや7年。

最近は営業電話しかかかってこないから、出るのすら面倒くさい。

 

「すいません、こちらリサイクルの会社なのですがご不用なものなどございませんでしょうか」

 

営業はいりません、と断るのだが。

 

「こういう電話が不要かな」

 

とっさにこれくらい言いたいもんである。

後で思いついてちっ、と舌打ちする。