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不適合者のジャンクヤード

腑に落ちるか落ちないか、読む人次第。拾い物があればご自由に。

死について考える

バカへの怒り 社会への怒り 考えたこと

前回の記事でも書いたが、ガンになることを恐れて食べ物に気を付ける人が多くなっている風潮に考えた。

 

前提としてあるのは、人は絶対に死ぬということ。

 

そして長生きをすれば遺伝子絡みのミスが増えて、ガンになりやすいということ。

人間の歴史を考えてみれば、死亡原因の多くは

 

・戦争の余波(直接的・間接的)
・飢餓/栄養不足による餓死・病気 結核・肺炎等
・ウイルス性の病気 インフルエンザ等

 

つまり、老いの限界<直截的な死亡フラグが圧倒的で
・運動不足による肥満
・不摂生による病気
・老化による変化、病気

なんて過去の多くの人には無縁だった。

 

病気にならず、飢えもなく、戦争にも巻き込まれずに、誰にも殺されず安全な日本。

そこで長生きをした結果、現代病になるというのがいかに幸せかということに、なぜ目を向けないのか。

 

医者・研究者の研究に意味がないとは言わないが、銃弾の前には多くの言葉は黙るしかなく、また、解決方法もないというのは忘れてはならない重みだと思う。

 

もう一つ言えるのは、原因を排除できたとして

電気(電磁波)がなく、磁力がなく、化学物質も合成着色料・調味料 もなく
排気ガスも無縁の環境で、豊富な餌に育てられたストレスの少ない動物を食べる生活、ってどんな環境なんだろうね。

なおかつ最新医療は受けられて、快適な眠りと、適度な遊びができ、他人に迷惑はかけられることがない。

 

現代社会と隔絶した山の上で古代人の生き方をすれば当然、調理の際にダイオキシンは吸い込むわけで。

そんなことよりも、ストレス少ない人生を送りやりたくないことを拒絶し、他人との比較をやめることができれば(まさにできればだが)長生きできるんじゃね、と思う。

バーチャルな世界でのみ成立しうる生は、まさに妄言の極みなんじゃないの?