言葉はジッサイ大事
大阪の文化にある「言うだけタダやん」という精神。
「これ安ならんの、兄ちゃん」
「もうちょっとまけてーや」
せこい、みっともないと各地で人気のこの文化。なぜ嫌われるのかを考えてみる。
例えばデートに行き、何か自分の気に入らないことがあったとする。
後から言う。知り合いに愚痴る。
「ありえない」「信じられない」「人としてどうなん」「別れた方がいいよー」
まあ、女子ですなあって感じの行動。
上司がタバコに行く。下の人間は当然お伴しなければいけない。
しなければ? イライラし、怒鳴り当たり散らす。
子供か。
空気読め。察しろ。阿吽の呼吸。
石田三成が茶の出し方を温度を変えて出したように、日本では「相手を思いやって相手をもてなす」ことを良しとする。
ポイントは「相手の要求(言葉)が出る前に、それに応える」こと。
想像するに、これは気分がいいサービスなんだよな。
戦国時代。江戸時代。
上に行こうと上昇志向のある人間は当然できなきゃいけない。
そうでないものも、これができなきゃ物理的に首になることがある。
ところが、これ下の人間はものすごいプレッシャーがかかってる。
相手の挙動、顔色、しぐさで「今何を考えているか」シミュレートし、最適な解を探さなきゃいけない。
ところが、このサービス。日本ではタダ同然。だから海外の人間は日本に来るとサービス業の接待ぶりに驚きを感じる。
彼らに言わせれば、やり過ぎだからだ。
同じように、日本人は海外に行き、スーパーのレジが無駄話に満ちており、全然進まないのに「ありえへん」と憤る。
言わなきゃわからない。
要求は出さなきゃ通じない。
しかも、いつも要求が通るわけでもない。
いつも理解されるわけでもない。
他人とは、異文化とは常にこんなもん。大阪の人間はだから海外で馴染むのが早い。
地位が上のものが「空気読め」と言えば、本当はパワハラとかわらない。
女性が男性に「理解しろ」と求めるのは、男性の地位が下だから。
ストレスが溜まっている会社員は、だから飲食業やコンビニなんかで爆発する。
空気読め、は日本のブラックの根源なんじゃないかと思うよ。