世界がちょっと窮屈だなと思うこと、ありませんか?
今回のテーマは「スクープ主体の週刊誌社員に中学生が『楽しいですか?』と質問した話」。このシンプルなやり取りから、私たちが住む社会の矛盾や構造がじわじわと浮き彫りになってきます。
中学生という「純粋さの象徴」が倫理を盾に、週刊誌のスクープ商法に切り込む。確かに鋭い指摘。でもちょっと待ってください。この中学生の問い、その正義感、果たして本当に「純粋」でしょうか? 実はそこに疑問を呈しているのが今回の筆者(あなただ!)です。
曰く、「それを無垢な中学生にさせるなんて、禁じ手だろう」。たしかに、子どもを正義の象徴に仕立てて問いかけるのは反論しにくい「急所攻撃」のようなもの。見えづらいのは、その背景にある構造──例えば、その問いを番組が「商業的に利用している可能性」や、視聴者がスクープに快感を得つつも「けしからん!」と口先で倫理を叫ぶ矛盾などです。
さらに、こういう「正論」に乗っかる世間の心理も掘り下げられています。民衆は「けしからん」と言いながらも、実は告発記事を読んで楽しんでいる。つまり正義や道義、倫理すらも「消費される商品」に成り果てているんですね。ため息をつきつつも、「それが人の世だなあ」と、どこか冷静に見つめる筆者の視点は妙に説得力があります。
これに加え、こんな切り返しも。「じゃあ、中学生に問い返したらどうなる?『その質問で相手を傷つけたけど、君はそれをして楽しいの?』ってね」。正論も時に暴力になり得る──そんな難しさを踏まえた上で、倫理や正義の使われ方を考え直さなければならないと感じさせられます。
でも結局のところ、「それもマネーの循環なんだろうな」と筆者はあきらめ顔で語ります。倫理や正義さえも、ガス抜きの一環として消費され、次第に本来の力を失っていく。正しさを声高に叫んで満足する私たちの姿もまた、その循環の一部なのかもしれません。
ちょっとクセが強めな筆者の視点、読みながら「筆者、本気出してる!?」と思わずツッコミを入れたくなるほど真剣ですが、どこか納得してしまう妙な説得力がありましたね。続きが気になる方、こちらで待ってます。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2024/12/05/130000