メガテンのメシアから酢まで――変化する「理想」について考える旅
「メガテンのメシアがまともだったら成立しない」という一言から始まった議論は、なぜか「日本酒の発酵と酢」に行き着く不思議な旅路を辿りました。しかし、この対話には共通するテーマがあります。それは「変化」と「矛盾」の本質です。
メガテン的ロウ・カオス・中庸の世界観
真・女神転生(メガテン)シリーズでは、ロウ(秩序)とカオス(混沌)が極端な理想として描かれます。一方で、どちらにも属さない中庸の立場は「どちらも否定する」矛盾を内包しており、「真の混沌」とも言える存在です。この中庸の特性は現代社会そのものを映し出し、統一や支配が長続きしない理由を象徴しています。
理想を持てない中庸の価値
中庸は理想を掲げるロウやカオスとは異なり、「理想を持たないこと」が価値となります。それは柔軟性やしぶとさで変化に対応し続ける力を示しており、人間社会や生命の在り方そのものを体現していると言えます。
発酵が示す生命の縮図
この話題を拡大すると、日本酒の発酵プロセスが示す生命の縮図に行き着きます。乳酸菌が働き、酵母が発酵を進め、最終的にアルコール度数が上がることで酵母すら消滅する。そしてさらに酢酸菌が加わり「酢」になるという変化の連鎖。ここには、生命が一時的に環境を支配するも、最終的に自らが変化を迎える循環が象徴的に描かれています。
メガテン的視点で社会を見ると
このような発酵のプロセスは、ロウやカオス、中庸のせめぎ合いの中で変化し続ける社会に重なります。
「統一されない世界」が生命や社会の本質であり、変化を前提とした柔軟な価値観が求められているのです。悩みや迷いすらも、この発酵の一部として捉えることで、少し気が楽になるかもしれません。
メガテンのメシアから発酵世界まで、幅広いテーマがつながるこの対話。どこかで新しい気づきやアイデアが生まれるかもしれません。読者の皆さんも、ぜひこの旅路を楽しんでみてください!
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