「一人は泥を見た。一人は星を見た。」…その先にあるものは?
オスカー・ワイルドの名言、「私たちは皆、溝の中にいるが、星を見上げる者もいる。」
でも本当に「星を見ること」が最善なのか?「泥を見ること」は悪いのか?
この対話では、「檻とは何か」「見るべきものは何か」というテーマがどんどん掘り下げられていきます。
- 檻とは、監獄か?それとも家族か、社会か?
→ 「檻」とは単なる監禁のメタファーではなく、家族・会社・社会といったものもまた、人を縛るものになり得る。 - 星を見上げるのが美しい?でも、それってただの現実逃避では?
→ 「良いもの・正しいもの」が絶対的にあるという考えは、本当に普遍的なのか? - 「どうせ信じられるのは俺だけ」…と言いつつビジネスしてる悪人の矛盾
→ もし本当に誰も信じないなら、最初からすべて奪えばいいのに、なぜ彼らは「取引」するのか? - 結局、仏教に戻ってくる…?
→ 「仏に会うては仏を疑え」「自分の足だけ皮で覆え」。つまり、世界を変えるより、自分の捉え方を変えるほうが現実的?
最後に待ち受けるのは、メタ構造の迷宮か、それとも「涅槃」という逃げ道か?
哲学的思考を遊びながら、ちょっと笑えるやりとりを楽しみたい人へ。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/03/11/080000