都市はCPU、人間はプロセス?――人口密度から見えてくる"詰め込み社会"の末路
「1平方キロに3万人」。これは大阪市西区の人口密度。
つまり、一人あたり畳2枚ちょっとの面積で暮らしてるという計算になる。もちろん高層化や重層構造が前提だけど、それにしても都市の“圧縮ぶり”は異常だ。
そこから対話は一気に展開。
「じゃあ中世の人間は、どれくらいの土地を使って生きてたんだ?」という素朴な疑問から始まり、江戸時代の人口密度はせいぜい1キロあたり2000人以下、それ以上は“食料が支えられない”という現実を数字で追い込む。
で、現代を見ると、日本は江戸の10倍の人口を抱え、平野部に密集して生活してる。
しかもその大半が、もう電算化や機械化で「自分がやる必要のないこと」を日々こなしてる。
ここで飛び出すのが秀逸なメタファー――都市=CPU、人間=不要になったプロセス。
一斉に処理すれば価値があるけれど、動かない人間が大量に増えると、都市はただの発熱装置。
まさに「しているふりの空間」が、社会をじわじわ蝕んでいく。
さらに興味深いのは、「人口は増えたのに、やることがなくなっている」この現象。
実は、サステナブルとか少子化っていう問題は、**単なる“人が増えすぎた結果のチューニング”**に過ぎないのかもしれない。
じゃあ、どうする?
原始時代に戻る?いや、それは無理だろう。でも「平米2000人」という自然のリミッターを頭に置きながら、都市の再設計を“熱暴走しないIC”として考える、そんな未来像が見えてくる。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/04/16/080000