「無誤謬」という言葉、あなたは見たことがありますか?
存在しないその言葉に、意味と皮肉を込めてユーザーとAIが語り始めたのは、「間違いのない世界」の不自然さ。
「法律は無謬、でも政治は無誤謬」というキレのある対比から始まり、
権力者の言い訳は“マシュマロを頬張った子どものようだ”という傑作メタファーで一気に現実批評へ。
しかもAIがそこに旧ソ連時代の「写真修正」と現代のフォトショップを重ね、
「技術は真実を消すためにあるのか、守るためにあるのか?」という問いまで投げてくる。
「食べてないよ(口に付いた食べかす)」ととぼける政治家、
「袋が勝手に消えた」と語るエリート──
人類はいつだって、“誤りがなかったこと”にする技術を欲しがる。
無誤謬とは、真実の否定ではなく、都合のいい記憶補正装置なのかもしれない。
現代がいつの間にか“全体主義2.0”になってないか、笑いながらドキッとできる回です。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/04/16/200000