「男女平等」って、もしかして“都合のいいとこだけ”?
表現の自由ってやっぱり大事だなと実感する一問一答。今回のテーマは、ジェンダー議論の“触れづらい”地帯にスポットを当てた異色のトーク。あいりん地区のような日雇い労働の現場――男たちが行列をつくって支援を受ける場所。そこに女性の姿がほとんど見当たらないことに、ちょっとした違和感を覚えたところから物語が始まる。
「じゃあ、女性はどこでどうやって働いていたのか?」「この手の場所にフェミニストは関心を向けているのか?」そんな疑問はやがて、「女性の活躍」が推進されている分野の偏りにも目が向き始める。会社の重役、議員、管理職…いわゆる“見栄えのいいところ”ばかりで、「土建業」や「自衛隊」ではなぜか聞かれない“同数化”の声。
――そのバランス感覚、おかしくない?
言ってしまえば、これは「女性差別」と戦う側が、「職業差別」を無意識に内包してる可能性へのツッコミでもある。そしてそれを、誰かを直接批判するのではなく、ただ「不思議だな…」という素朴な疑問として提出しているのが、この会話の美点だ。
「男女平等」は本当にすべての現場に適用されてるのか?
「女性の活躍」が語られるとき、なぜ快適な現場だけが舞台に選ばれるのか?
「平等」とは、“見た目を揃えること”ではないのでは?
深刻すぎないユーモアと、ひっそりとした皮肉。炎上? それって、疑問を持つ自由も含めた「表現の自由」の否定では?――そんな問いかけに思わず唸る、考えるきっかけ満載の対話でした。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/04/22/080000