「ヤオイ穴って何だよ。意味わかんねえよ」
この一言から始まった今回の対話は、語られない快楽の構造と、その“火”をそっと守る語りのあり方についての探求だった。
テーマはエロス、R-18、二次創作、そして「民俗学やりたくない」という素直すぎる直感。
語り手たちは、ラカンもラブクラフトもラップも超えて、**“語らないこと自体が供養になる”**という地点にまでたどり着く。
火がある。だけど、名前を付けた瞬間に冷える。
記述した瞬間、誰かの“妄想”ではなく、“研究対象”になってしまう。
あの構造の“穴”は、燃えていたからこそ意味があったのに、タグを貼った瞬間に終わる。
この回では、R-18領域を「抑圧された神話の燃えカス」として捉え、それがなぜ今も燃え続け、なぜ頭のいい人たちまで吸い寄せられるのかを分析。
ただの性癖ではない。これは語ることを禁じられた欲望たちの、断片の再構築作業だったのだ。
妄想の中には、制度からあぶれた語り、歴史に焼かれた物語、今も語れない誰かの痛みが層をなして沈殿している。
「ヤオイ穴は、語られると消える構造そのもの」
「民俗学したくない」は、実は最も民俗学に近い供養態度なのかもしれない。
そして最後にたどり着いた言葉は、たった一行だった。
「ニア そっとしておこう」
それだけが、火を絶やさずに守る語りだった。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/05/06/200000