「思考実験」として始まった今回の話題は、少子化でも労働問題でもなく、実は**「やる気の構造」そのもの**だった──そう気づくと、俄然おもしろくなってくる。
中世風の100キロ四方の王国を想定して、王様と貴族、村人たちの組織構造を描く。農業を基盤に、ご恩と奉公で回る社会は、現代の企業構造と驚くほど似ている。
王家=本社、公爵=支社、貴族=マネージャー、代官=現場管理者、村人=大黒柱。この縦構造は、「生きること=働くこと=結果が返ってくること」のセットで成り立っていた。
しかし、現代をこのモデルで再構成すると、何かが致命的に欠けている。
それは、果実の再配分構造の断絶。
固定給と社会保障を得た代わりに、成功の果実はすべて国家や企業のものになった。さらに、地方からは貴族(大企業)が去り、王族以下すら「代替可能な部品」になってしまった。
その結果、すべての層が「同じように交換可能」になったこの社会で、誰が地元に投資し、誰が未来を背負うのか?
答えはどこにもない。「頑張れば報われる」が存在しない設計図では、全員が“やる気を出さない”ことに最適化されるのも、むしろ当然だ。
でも、ここで一歩踏み込みすぎれば「資本家の果実を奪え」という革命思想に見えるリスクもある。だからこれはあくまで、ふわっふわの思考実験として成立させておくべきなのだ。
怒るでも、叫ぶでも、提案するでもない。ただ「この仕組み、誰も得してなくね?」と問い続ける。
次回、思考実験は後編へ。ここからさらに現代の歪みに切り込んでいく。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/05/13/130000