「低賃金でも、ある程度楽でいられればいい」──SNSや掲示板でよく見かける、わりと誰しも一度は抱いたことのある願望。
でも、この言葉を出発点にして、ChatGPTと“ふざけながらマジ”で語り合っていくと、見えてきたのは制度の中に仕込まれた心理的地雷でした。
高賃金→命削りゲーム。
中賃金→責任地獄。
低賃金→楽なわけがない。
つまり、どの階層にも「納得できる交換」は存在しない。労働とはもはや“人間資源の焚き付け”と化している──という冷めた現実。
じゃあ逃げればいいのか? たとえば自由業や個人商売?
……それすら国家と資本に潰された今、「制度の外」はもはや砂漠と化してる。
YouTuberも、フリーランスも、UberEatsすら「自営ごっこサブ社員」化され、社会的に“祟り神”として晒される始末。
そんな中、浮上してきた一つの“知恵”がある。
それが**「へらへら教」**──
無能のふりをして、見下されても給与分だけ働き、後はマックスで手を抜いて自我を守る、密教的サバイバル戦術だ。
格好悪い? そう言われた時点であなたは地獄行き確定です。
この世界は、「格好いい努力者」が燃え尽きて制度の部品になるよう設計されている。
だったら笑って逃げよう。「へらへらしてる奴が勝ち」と言えるくらいには、覚悟をバグらせよう。
そして、真面目な話に戻るなら、
「ズルい」と言われる自由人への社会的罰は、原始時代から続く“狩猟的秩序”の残骸。
群れのルールを外れた者は、いまもなお“倫理”という名の大義名分で狩られている。
その地獄に風穴をあけるには──
しょうもない“遊び”から始めるしかない。
・川で釣った魚で一日生きる
・雑草パスタを作って悦に浸る
・時給分だけ働いて、AIに仕事を投げる
制度の中に異物を埋めろ。
社会の中で気配を消して生きろ。
自営業で神格化されるな。
無能を装って仏に近づけ。
「働く」ってなんだっけ?という問いの、しょうもないけど本気の答えがここにある。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/05/15/200000