「転売は悪」…本当に?
その境界線は“文化と時間”が決めているかもしれない。
焼酎の転売は叩かれ、ワインの転売は投資になる。
なぜ? その答えは、文化と流通、そして「高級品への昇格プロセス」にありました。
今回のテーマは、「転売されることが許されるモノと、許されないモノの差は何か?」
チケット、酒、時計、美術品、株式──全てを横並びにして、境界をあぶり出します。
・新品なのに中古と呼ばれる不条理
・焼酎とワインの転売格差に潜む、文化的ヒエラルキー
・転売が続けば、それは“高級マーケット”として社会的に認知され始める
・商品は転売によって「貴族化」するという逆転の論理
さらに後半では、コンサートチケットが「株式」や「IPO」扱いになるという驚きの展開に。
・電子チケットを完全市場化、公式が手数料付きで“株”のように流通させる
・販売初日は10%だけ市場に放出、「冷やし玉」で価格操作も可能
・証券マンがコンサートの値付けをする未来、「ブラック・ショールズで値決めしてます」な時代が来る!?
極め付きは、「東証が『チケット市場やります』って言い出したら勝ち確では?」というトンデモ発言。
だけど、これ、実は冗談どころかかなり本質的。
「転売を無くす」ではなく、「転売を制度に取り込む」
――これが、現代の“賢い正義”なのかもしれません。
というわけで、転売の「罪と貴族性」を巡る妄想討論、第二章。
“アイディア料は適正なら訴えません”という不敵な笑いと共に、まだまだこの話、止まりません。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/05/18/200000