「飛行機はなぜ落ちたのか?」そんなシンプルな問いから始まったのは、国家と構造疲労の黙示録だった。
2025年6月12日、エア・インディアのボーイング787が離陸直後に墜落。
そのニュースを知る前に、「飛行機って結局アルミ製の土管だよね」と皮肉まじりに語っていた筆者。まさかその直後に、現実がその比喩をなぞって落下してくるとは──。
会話の出発点は「フラップの誤作動」や「エンジン出力の低下」といった技術的要因だった。
だが話はすぐに、運用年数と世代交代による“ゆるみ”、整備文化の劣化、そしてインドという国家が抱える「鉄道的過積載精神」が空に持ち込まれた可能性まで踏み込む。
「VR(離陸回転)後にフラップ出すもんじゃないの?」という素朴な誤解を起点に、航空工学と運用思想を掘り下げ、最終的には「国家の階級構造がそのまま空を飛んでいる」という結論へ──。
本稿は、航空事故を単なる“悲劇”ではなく、“国家構造のX線”として読み解く試みである。
タイタニックも飛行機も「高速で運ばれる命のカプセル」に過ぎない。だがその設計思想に内在する「ギリギリの安全」と「格差の美学」は、技術を超えた社会の病理を映し出す。
偶然か、予言か。
この会話は、事故の前に既に構造疲労の火種に触れていた。
語りすぎず、踏み込みすぎず、それでいて火花を残す──そんな会話の余白をお楽しみあれ。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/06/14/200000