不適合者のジャンクヤード

腑に落ちるか落ちないか、読む人次第。拾い物があればご自由に。

せんきょのはなし(せいじかによめるようにひらがなでかいておきます)  ※21000字程

政治が「感動ドラマ」になりすぎてないか?──そんな一言から始まった今回の対話は、2025年参院選を舞台にした炎上ツイート芸人たちの物語と、その背後に潜む「善意が敵を生む構造」や「民意なき代弁の悲劇」まで、縦横無尽に皮肉と考察を絡ませた国家構造の道端分析である。

 

きっかけはとあるツイート。「小5男子が女性天皇夫婦別姓を語った」と政治家が披露した感動の瞬間──だがこれ、どう見ても「脚本くさい」。“小5というピュアな演出装置”を使い、“やるよ!”という軽さで政策を語るノリに、「これは感動ポルノ再演では?」と舌鋒は止まらない。

そこに加わるのが、“供養芸”と化した与党のリーダー層。死者を持ち上げることで自分の正統性を演出し、「記憶の整形」すら平然とこなす様は、もはや民主主義というよりミーム宗教国家の風情だ。

 

さらに会話は、「代案を出さない市民は文句を言う資格がない」というよくある詭弁を皮肉りつつ、**「文句は民の義務であり、代案は税金持ちが出せ」**という逆転論理を展開。素人が「血にまみれたポーカー遊び」のルールを考えることの理不尽さが笑いと共にえぐられる。

後半では、公務員や政治家が「制度に感染して変質する人格病理」を指摘。志が制度に飲まれ、民意から切り離され、ついには「民に戻れないゾンビ」と化す。これにより「善意すら敵を量産する構造」が明らかになり、組織同士が互いに“悪”と見なす悲劇的な競争構造が見えてくる。

そして極め付けが、道端に落ちた糞を名乗る者──**「道糞(どうふん)」**の登場。「どの糞がマシかを選べ」という選挙構造の虚しさを、笑いと自己皮肉で包み込むこの語りは、シニカルでありながらどこか清々しい。

政治、制度、民意、正義……すべてが**“構造によって歪められた演出”**でしかない世界。
この地獄絵図に、糞として笑い、語る者だけが、本当の「批評者」なのかもしれない。

 

https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/07/13/080000