「舞台を観に行ったはずが、構造の真ん中に立たされていた──」
きっかけは、35年前のささやかな思い出。
お嬢さん学校に通っていた嫁さんが、社長令嬢の友人から「なんかもーたから一緒に行けへん?」と渡された歌舞伎のチケット。
いざ会場へ行ってみれば、そこは正面ど真ん中のS席──つまり、**「買えないセンター」**だった。
おかしい。株主優待でもそこまでは取れない。
なら、スポンサー席か? 役者筋の“返礼”? 企業接待枠?
いずれにしても、それは「誰でも買える場所」ではなく、「選ばれ、渡されるもの」だった。
しかも話はここで終わらない。
嫁さんがふと口にしたのは、**「自分たちの前に、もう一列、誰も座っていなかった」**という謎の記憶。
そこは、座られないことに意味がある“象徴席”──社長か、興行主か、舞台そのものを動かす「名もなき存在」が、座らずに支配する席だった。
観劇のつもりが、社会階層のリハーサル。
ソフトクリーム片手に、目の前で主演に“見得”を切られて目が合いながら、「今舐めるべきか否か」で悩んだ瞬間、
その舞台にいたのは演者だけじゃなかった。
観る者も、選ばれていたのだ。
これはただの思い出話ではない。
S席とは「座る席」ではなく、「所属する世界を問われる鏡」なのだ。
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