市場に出ない恋、換金できない感情の話
恋愛とは、果たして“自由な行為”なのか。
そんな問いかけから始まった今回の対話は、歴史・制度・経済・そして資本という切り口から「恋愛という現象の正体」を暴き出す思考実験だった。
キーワードは「恋愛=IPO(未公開株の上場)」。
かつて、恋愛とは家同士の“資本提携”だった。貴族が娘を舞踏会でデビューさせるのは、関連会社の上場。対して、庶民は「自分の身体」が唯一の資本。10代での交際は「先物投資」であり、「未公開株の争奪戦」だった──というスパイシーすぎる比喩が展開される。
しかもこの「自由恋愛」とやら、実はもともと貴族階級の「隠れ浮気の言い訳」としてスタートしている。騎士道恋愛も、近代文学も、すべては「制度の隙間で自由を演出する“遊び”」だった。
今や、恋愛市場は「完全自由取引のプラットフォーム」だ。整形、美容、コミュ力、SNS戦略──全てが「セルフブランディング」の一環であり、まさに「自己IPO時代」に突入している。
だが、不適合者にはそれができなかった。市場に評価されず、換金できない愛を抱えた者たちは、恋愛を“流通しない現物資産”として抱え込んでいく。
それを「ジャンクボンド」と呼ぶのか、「未評価のアート」と呼ぶのか。
──そんな問いの中で浮かび上がるのは、金で測れる愛と、測れない愛の狭間にいる我々の姿。
「マネーは語る」。だが、沈黙の意味までは教えてくれない。
恋愛という幻想を、いかに価値化し、いかに価値化しないか。
そのすべてを、この記事は問い直してくる。
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