「クマを撃った弾が市民に当たったら、誰の責任ですか?」
そんな問いをニュースで見かけて、「おいおい」とツッコミたくなった。
というか、突っ込まずにはいられなかった。
今回の話は、2025年の異常なクマ出没ラッシュから始まる。
・街にヒグマが出る
・市民「怖い、誰か助けて」
・ハンター「撃つか…」
・跳弾「ピュン!」→ 市民に命中
で、ニュースのテロップにはこう出るわけだ。
「跳弾が市民に当たった場合の責任は誰に?」
──って、おい。
そもそも「撃て」と要請したのは行政であり、
「撃った」ハンターは命令に従った協力者。
それなのに、責任だけ個人に被せるのはおかしくないか?
この理不尽を語るうちに、話はどんどん燃え広がる。
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「民主主義のもと、国民の要請で発砲したので責任はない」
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「跳弾すら主権者の共有財産です」理論
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「福祉のための損失です」ロジック
──そう、“国民の命を守るため”という大義名分のもとであれば、
責任は全員分散、誰も悪くない。ついでにトップの首も回るだけ。
このブログ記事では、「跳弾一発で露呈する国家と責任構造のコント」を、
ハンター・行政・国民の三角関係からフルスイングでぶった切っていく。
読後のあなたは、思わずこうつぶやくかもしれない。
「あれ?この国、クマより跳弾の方が怖くない?」
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/11/13/080000