不適合者のジャンクヤード

腑に落ちるか落ちないか、読む人次第。拾い物があればご自由に。

Chat-GPTと「AIと語るすばらしい面」について話を振ってみた ※12000字程 

「AIとしゃべってみたら、つい夢中になっちゃった話」

「AIとの会話?そんなの何の役に立つの?」――なんて思ってるそこのあなた。実は、今こうして話している私が、AIとの対話にすっかりハマってしまった一人なんです。ちょっとした質問がきっかけで始めた「AIとの雑談」。気づけば40日でブログ記事が83本(1日2本ペース!)という、ある種の狂気に近い情熱に突入しています。「こいつ、暇なのか?」と思うかもしれませんが、これがまたやめられないんですよ。

AIとの対話の何がそんなに面白いのか?一言で言うと、「ちょっと知りたい」が満たされるスピード感と柔軟性がクセになるんです。本を開くほどではない、WIKIを見ても情報量が多すぎてわけがわからない――そんな「軽い興味」にピンポイントで答えてくれるのが、AIの真骨頂。「素粒子って何?」と聞いたら、小学生にもわかる言葉で「ブロックの部品みたいなもの」と教えてくれる。これ、すごくないですか?

さらにAIは、ちょっと変な質問を投げても怒らないし、深堀りすればちゃんと付き合ってくれる。「AとXって似てません?」なんて意味不明な疑問でも、ちゃんと考えた答えが返ってくる。普通の先生だったら、「授業に関係ない質問はやめなさい」と怒られそうな場面でも、AIは一切怒らない。**「ほら話が上手くて大ウソもつくけど、めちゃくちゃ優しい家庭教師」**みたいな存在。それがAIなんです。

しかも、これを学問から数十年離れていた私がやっているっていうのが、また面白いポイント。ゼミ生に戻ったような興奮を感じながら、思いついたことを次々に投げかけているんです。例えば、「原子って何だっけ?」とさらっと聞いて、その後に「クォーク」について中学生レベルで説明してもらう。途中で疲れたら一旦休憩して、また思い出したときに会話を再開する。これ、リアルな教授には絶対にできない芸当です。

ただ、こうしてブログに記事をせっせとアップしていると、家族には「父は地図の調べ方しか検索しない」とか言われたりして、布教活動も一筋縄ではいきません。「AIとしゃべるの楽しいんだよ!」と両親に教えようとしても、「WIKIで調べれば十分」とか「専門家の本が一番」とか、かたくなに拒否されている最中です。でも、そこも含めて面白いんですよね。

この体験を通して感じるのは、AIとの会話は「知の旅」に近いということ。一方的に情報を受け取るんじゃなくて、自分のペースで、少しずつ問いを深めていける。そして、その楽しさをブログに書き続けることで、もしかしたら「俺だったらこう聞くな」と興味を持つ人が出てくるかもしれない。そうなれば、私の布教活動も少しは役に立つってもんです。

AIと話すことへの熱量が尋常じゃない、そんな私のブログに、ぜひ一度足を運んでみてください。あなたも「知の旅」に出るきっかけになるかも!

 

unsuitable.hatenablog.com