誰かを排斥するということ
裁判員で4人辞退、というニュースがあった。
「暴力団関係者の友人」に「よろしく^^」と声をかけられれば、そりゃあ怯む。
だったらいっそのこと暴力団関係者だけで裁判員やったらいいんじゃね?
「おうよろしく」「よろしくな」「おう世話になっとるのう」
ここまで思いついて調べてみたら、なんと裁判員は公務員に準ずる存在で、だから暴力団関係者はなれないとのこと。ほほう。
そういえば暴対法の一環に、車を買えない。ローンを組めない。賃貸借りれない、なんて話があったなー、と「暴力団員 人権」で検索してみた。
ネットの論調としては「迷惑をかけてる」「権利には義務がつきもの、暴力団員は果たしていない」 だから制限されても仕方がないとの論調が多い。
人権、というものを勘違いしてはいけない。
義務を果たすから、権利が得られるという側面は確かにある。
ただし、人権とは「人として生まれた瞬間に自動的に付与されるもの」を指しているんじゃないのだろうか。
その理屈で言ったら、刑務所に入っている人間には人権がなくなってしまう。
おかしくね?
義務を果たしていない人間、それを勤労の義務にかぶせるのであれば。
すなわち、次の人間が自動的に上がってくる。
働けない人間。(生育・障害その他の理由による)
働き口がない人間。(無職及び求職者全般)
働いていたが退職した人間。(高齢者及び主婦、家事手伝い)
全員が当てはまってしまうんだけどどうよ。
ある人間または集団が「気に食わない」から排除する、という姿勢はともすれば行き過ぎ、取り返しがつかないことになることがある。
社会に迷惑をかける人間を罰したいのであれば、私としては「カラーボール運動」を行いたい。危ない運転をしている車やトラック、バイクがあれば迷わずコンビニのアレをぶつけるわけだ。
何度も、何人もぶつければ当然オレンジに染まるわけで。そうなったら、社会から退場してもらうという仕組み。
これを行えばどうなるか。当然報復ですわ。
ヤフオクで悪い評価をつけられれば仕返しに最悪という評価をするように、街のあちこちをカラーボールが飛び交う。
制限速度を守れば遅いと投げられ、路肩を走る自転車も邪魔と染まり、路駐なんてしようものなら一瞬だ。
そ し て み ん な い な く な る 。
自分は大丈夫、と思っている車がある。そうしたら「色がついてないからムカつく」という理由できっと染まる。
ポポロなんてそんなもんです。
誰かを排斥するというのは本当に慎重に考える必要がある。それは間違いないが、こんな記事を書くと「暴力団に味方するのか」と切れるやつが出てくるから困ったもんだ。