読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

不適合者のジャンクヤード

腑に落ちるか落ちないか、読む人次第。拾い物があればご自由に。

お金について考えた 3

前回記事 お金について考えた 1 

 

1の記事でも紹介したあの本にあった話。

ヤップ島にある石の通貨。お金の話に詳しい人なら知っているかもしれない。

というか私が知ったのは「お金のひみつ」、そうあの、おっさんなら知っているだろう小学校にあった「ひみつシリーズ」だが、かの島では大きい石に希少性があったため通貨として利用されたという。

 

さて、この大きい石の通貨が、ある決済に使われるため島から島に船で運ばれていたところ天候の変化で沈んでしまった。

通常ならここで契約不履行、再び支払えとなるところだがここからが風変わりな展開に。

 

沈んだ石の所有はその受取人のものとなり、その大きさや形などが伝聞できちんと伝えられ、そのあとも「あの海底の石」の持ち主が変わり、決済に使われたというのだ。

 

見えていなくても、共有する意識さえあれば見えない通貨での支払いができる。

現代ならネットバンクや電子送金があるからまだ理解ができるが、ずいぶん昔のヤップ人は未来に生きてるな、と思わされる話である。

 

さて、通貨といえば通貨価値説が一般に浸透している。つまり交換の仲立ちとして、塩や米と言った価値あるものを基準に始まり、次第に宝石や金・銀という希少性の高いものに変化したというあれである。

あまりにもこの説が知られているがために、私も先日読んで驚いた説。

 

国家が「自分で印刷した通貨」を税金で要求するから、お金に価値が生まれるのだ、という説だ。

 

国(中央銀行)は印刷する際に、負債の欄に現金を載せる。

つまり国は「これあげるから働いてや」と借金として国民に渡し、しばらくしたらその一部を「税金だから払ってや」と回収する。

 

つまり現金とは「国が国民に対してお金を借りているという借金証」であり、同時に「税金を支払うために必要な特別な紙」となる。

 

租庸調 - Wikipediaという平安時代の税を知っていれば納得がいく。「米・特産品・現金」での税金を国民に指示するから、その形で納税される。

つまり「日本国銀行券」で税金を支払え、と命ずるから、国民はその券を手に入れないと罰せられるから、一生懸命になると。

目から鱗でしたわ。

そうか。皆が欲しいというお金にそんな考え方があったのか。