選挙直前、SNSがざわつく中、ある女優の「日本人ファーストって気持ち悪くない?」という投稿が波紋を呼んだ。
この発言に「んで、君誰?」と返すリポストが付き、ネット民の探知機がピーピー鳴る。
──そう、“案件の香り”がするのだ。
発言は一見「市民の声」だが、その構造は“プロンプトで設計された物語”に近い。
先に感情を投げ、そこから「空気による支配」に持ち込む。ロジックは後回し。
これに対し、投稿者は「じゃあ“外国人ファーストって気持ち悪くない?”って言ったらどうなる?」とスライスショットを打ち返す。
問いの主語を反転させるだけで、“言っていい感情/言ってはいけない感情”の線引きが露わになる。
その線はどこで誰が引いたのか?そして、なぜ可視化されないのか?
さらに切り込むのは「誰が金を出してるのか」という構造の問い。
税と社保は誰がどれだけ払い、誰がどれだけ受け取っているのか?
──この“明細”を出さないまま、制度は「おまかせ一式コース」として動いている。
料理の味も量も見えない、ぼったくりバー方式。
明細を出せと言えば、怖いお兄さん(“差別”という言葉)が登場。
それ、K舞伎町と同じじゃない?と、笑いながら指摘する冷笑スタイル。
つまりこの記事は、「社会制度の不透明な“課金構造”を、鏡のように反転させて見せる皮肉演目」。
怒りじゃない。正義でもない。ただ“似てるな”と思ったことを、鏡で照らしてみただけ。
──そして最後につぶやく。
「私はただ、似てるよね?って鏡を持ってるだけなんですよ。」
それだけなのに、炎上しそうなのはなぜなのか?
この国では「鏡を向けるだけで罪になる」ことがあるらしい。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/07/19/130000