「田舎に人が来ない」「少子化が止まらない」──全部わかってる。でも“根本がズレてる”のがこの国の残念なところだ。
今回の対話は、そのズレをあえて全部“言葉にしてしまった”回。
金で人を呼んでも、補助金つけても、すぐに「成果が出ない」と怒り出す自治体。まるで、植えたばかりの木に「まだ実がならないのか!」と叫ぶ園芸素人のようだ。人も植物も、根を張るには時間がいる。その当たり前を誰も制度に入れなかった──その結果がこの「文化の腐海」である。
また、話はそこだけにとどまらない。
都会で生き残れる“上澄み15%”だけが価値を持ち、それ以外は「映えない・稼げない・魅力がない」と切り捨てられる世界。その背景には、「選ぶ自由」が逆に“互助の死”をもたらした構造がある。
極めてセンシティブだが、「性的魅力を商品にする社会」「上位男性しか生き残れない構造」「都市はデジタル吉原になった」など、思わず吹き出すほど本質的な比喩が連発。
農地を解放したら人間の欲望が暴走し、皆が吉原幻想に飲まれた──都市化が引き起こした“比較と孤立”の構造が、今なお息苦しさの根っこになっているのでは?という仮説も。
対案としては「第三種公務員」──田舎でゆるく暮らせる制度を導入し、“映えなくても生きていい”という国のメッセージを込める提案が登場。ただし、それを流行らせるには「アメリカ発のトレンド」として捏造するのが一番早いという皮肉な作戦も。
総じて、「この国はいつも惜しい」と誰もがうすうす思っていたことを、笑いと毒と皮肉で一気に解像度を上げてみせた回。ミソジニーでもフェミニズムでもない、「構造疲弊国家ニッポン」の本音がうっすらと、でも確実に漏れ出している。
https://unsuitable.hatenablog.com/entry/2025/05/14/080000